伯母追悼 [家族]
今日の早朝、伯母が亡くなりました。
98才、大往生と人は言いますが、残された者はやはりつらいです。
母の姉で、夫を早くに亡くしたので、その頃珍しい職業婦人でした。
女手一つで、長女で一人っ子の従姉妹を育てたのです。
それから、東京に居たのをうちの実家の近くに引き上げてきて、
行ったり来たり、それはもう私も可愛がってもらったし、
母もずいぶん心の支えになっていたと思います。
母が足腰がだめになって施設に入ってしばらくすると、
年のせいか、母となかなか会えなくなったせいか、少しずつ黄昏れてきて、
従姉妹は、さいたま市に伯母を連れて引っ越してきました。
その伯母が足腰立たなくなって施設に入ってからも、
従姉妹は実に足しげく通っていました。
普通ボケると表情が無くなったり、怒りっぽくなったりしますが、
伯母はニコニコと笑って、可愛いおばあちゃんになっていきました。
もう2年ぐらい前、従姉妹にくっついてその施設に行くと、
看取りについてのお話があり、老衰で何度か意識を失っては戻ってくる伯母が、
例え意識が戻らなくても、救急車で運んだり延命措置をしたりはしないで、
自然に見送ると言う、施設の方針を説明していただきました。
100才近いのですからそれでいいですと、従姉妹も認めました。
「その時」がとうとう来たのです。
今朝未明に亡くなったということです。
施設では、いつもよく面倒を診てくれていましたが、
最期を看取った人が、シフトは開けていたのに、
朝、私たちが駆けつけるまで待っていてくれました。
10年半ぐらい、お世話になったのです。
たくさんのスタッフに最敬礼で見送られて、伯母は施設をあとにしました。
さっぱりとした綺麗なお顔をして、伯母はかすかに笑っているようでした。
60才を前に亡くなった妹のことは、母はいまだに知りません。
でも、伯母のことは伝えようかと、従姉妹と話しました。
母よりも8歳も年上ですから、いずれはと母も覚悟していると思います。
伯母さん、安らかに!
長いこと、お疲れさまでした(合掌)
98才、大往生と人は言いますが、残された者はやはりつらいです。
母の姉で、夫を早くに亡くしたので、その頃珍しい職業婦人でした。
女手一つで、長女で一人っ子の従姉妹を育てたのです。
それから、東京に居たのをうちの実家の近くに引き上げてきて、
行ったり来たり、それはもう私も可愛がってもらったし、
母もずいぶん心の支えになっていたと思います。
母が足腰がだめになって施設に入ってしばらくすると、
年のせいか、母となかなか会えなくなったせいか、少しずつ黄昏れてきて、
従姉妹は、さいたま市に伯母を連れて引っ越してきました。
その伯母が足腰立たなくなって施設に入ってからも、
従姉妹は実に足しげく通っていました。
普通ボケると表情が無くなったり、怒りっぽくなったりしますが、
伯母はニコニコと笑って、可愛いおばあちゃんになっていきました。
もう2年ぐらい前、従姉妹にくっついてその施設に行くと、
看取りについてのお話があり、老衰で何度か意識を失っては戻ってくる伯母が、
例え意識が戻らなくても、救急車で運んだり延命措置をしたりはしないで、
自然に見送ると言う、施設の方針を説明していただきました。
100才近いのですからそれでいいですと、従姉妹も認めました。
「その時」がとうとう来たのです。
今朝未明に亡くなったということです。
施設では、いつもよく面倒を診てくれていましたが、
最期を看取った人が、シフトは開けていたのに、
朝、私たちが駆けつけるまで待っていてくれました。
10年半ぐらい、お世話になったのです。
たくさんのスタッフに最敬礼で見送られて、伯母は施設をあとにしました。
さっぱりとした綺麗なお顔をして、伯母はかすかに笑っているようでした。
60才を前に亡くなった妹のことは、母はいまだに知りません。
でも、伯母のことは伝えようかと、従姉妹と話しました。
母よりも8歳も年上ですから、いずれはと母も覚悟していると思います。
伯母さん、安らかに!
長いこと、お疲れさまでした(合掌)